デス・オーバチュア
第47話「オッドアイ」



雷光が閃き、雷鳴が轟く。
「だああああっ!」
雷を身に纏った女が拳を突き出しただけで、天が鳴き、大地が裂けた。
「ふん……」
金髪の男は女の拳を掌で受け止める。
女の拳から放たれる雷光が男を境に二つに裂かれ、地平の彼方へと走り去っていった。
「ちぃぃっ……」
女は文字通り雷のような神速で、一瞬にして男から間合いをとった。
「堕獄しろ!」
女の周りに次々に光り輝く球体……雷球が生まれていく。
「ハンドレットサンダーブレット(百雷弾)!」
無数の雷球が同時に男に向かって放たれた。
「遅い! 遅い遅い遅すぎる!」
雷球が全て男に届く前に破裂し消滅する。
そして、それと同時に男の姿が女の視界から消えていた。
「たった百発の雷球を作るのに二呼吸もかかるなんて遅すぎなんだよ!」
女の背後から男の声。
「つっ!」
女は背後を確認するまでもなく、次ぎに来るであろう男の攻撃を察して、宙に跳んで逃れようとした。
だが、それよりも速く。
「光輝剣舞!」
光速の剣が女を斬り刻んだ。


「楽しかったぞ、ランチェスタ。じゃあ、またな」
光輝剣舞。
光の闘気を込めた剣で相手を光速で原子サイズにまで切り刻む。
速さと闘気の強さだけが全ての、もっとも単純でありながら、もっとも破壊力のある技だ。
その常軌を逸した速さゆえに、一瞬の間に何万、何億、いや、それ以上か?……何回相手を斬っているのかは何者にも測定不能である。
ランチェスタという存在は肉片すら残っておらず、例え分子や原子といったサイズではいくらかは残っていたとしても、それは肉眼では確認することは不可能だった。
だが、それでもランチェスタは『滅んで』はいない。
物質的に原子サイズにまで破壊尽くされようと、ランチェスタという精神、霊的、本質的な『存在』と『現象』は男の光輝のエネルギーの浸食に耐えきり、自己の存在を続けていた。
数千数百といった時を費やし『力』を蓄えれば、再び肉体を再構築し物質的世界に蘇ることが可能だろう。
だから、『また』なのだ。
「……しかし、もう少し手加減した方が良かったか?」
ちょっとした後悔が男に生まれる。
ランチェスタを限りなく『滅び』に近いほどに破壊してしまったことにだ。
ランチェスタと戦うのはこれが初めてではない。
もう数え切れないほど戦いを繰り返していた。
もっとも、まがりなりにも『戦い』になるようになったのはつい最近(男の感覚的な時間の尺度)のことである。
ランチェスタは魔界でも異端の魔族だった。
この魔界で、唯一といってもいい、正面から男に逆らい続ける存在。
何度敗れようと、ランチェスタは男に戦いを挑むことをやめようとはしなかった。
唯我独尊。
この世に自分より偉い者、強い者の存在を決して認めない。
それは魔界の支配者魔王、魔界の神である魔皇ですら例外ではなかった。
神にすら逆らい続ける生まれながらの反逆者。
それがランチェスタだった。
「これでまた数百年退屈してしまうな……」
珍しく楽しげだった男の表情が、いつものつまらなそうなものに戻る。
手加減というわけではないが、自分に本気で逆らう精神を気に入り、男はランチェスタを今まで『滅ぼさない』ようにしてきた。
「魔王で俺と遊んでくれそうなのは……ゼノンぐらいか……」
ゼノン、剣の魔王、魔界一の剣士。
「煌とネージュは駄目だしな……」
煌、魔導王、古の技術を継承する誇り高き古代魔族。
ネージュ、雪の女王、基本的に下位魔族が殆どの妖魔(妖怪)の出でありながら、魔王にまで登り詰めた雪華族(雪女)の突然変異体。
この二人は駄目だ。
男と戦う気がまるでない。
男には理解できない感情だが、二人は男を愛していると言い、男と戦うより、傍にいること、抱かれることを好んだ。
「…………」
そして四人の魔王の最後の一人。
「あいつは何を考えているのか俺にも解らん……」
魔皇を除けば、魔王の中で……いや、現存する全ての魔族で最古参の存在。
原初、起源、もっとも古き存在、多数にして孤独なる者、全ての元凶にして根元。
セリュール・ルーツ……原初の細胞。
「……まあいい。さて、しばらくは何をして暇を潰すかな?」
それが、男の最大にして唯一の悩みだった。



ルーファスとクロスは奇妙な空間を歩いていた。
何もない歪んでいるだけの空間。
ただ今まで見たその手の空間と二つだけ違うことがあった。
一つは、この空間には、逆道というか階段というか妙な感覚と『足応え』がある。
「……登っている?」
「正確には『遡っている』だな」
クロスの前を歩いていたルーファスが振り返りもせずに言った。
「遡る?」
もう一つは、この空間には風のようなものが吹いている……ような『気』がすることである。
「冷たくも温かくもない変な風ね……」
「時空流だ……いや、時空風が正しいか」
またルーファスが答えた。
「だから、何よ、それ?」
「説明するのが面倒臭い、黙って歩け」
そう言ってルーファスは歩みを速める。
「待ちなさいよ!……て、なんかやけに長く歩いてない? いつもこの手の門って一歩で目的地に繋がるのに……」
「それはいつものはあくまで空間を繋げるだけだからな。現在地と目的地の空間をねじ曲げて繋げる……一歩で歩ける距離に。まあ、空間転移ってのは空間……世界という紙を折り曲げて点と点を繋げるワープ理論……やめた、どうせお前に説明しても解るわけがない」
「何よ、それ!?……まあ、確かにワープって何って感じだけど……」
クロスはすねたような表情をした。
確かに、説明の説明、そのまた説明とか求めなければ、ルーファスの話……理論や知識は自分には理解できないことが多い。
けれど、それを素直に認めるのはしゃくだったし、何より詳しく説明することを面倒臭がるルーファスが悪いのだ。
「分かり易く言うとな、俺達は今時間を遡っているんだよ。逆道とか風は時間の抵抗って奴だ。時間は普通、過去から未来にしか流れないからな……俺達は抵抗つまり『流れ』に逆らっているんだよ。時というこの世の絶対法則にな」
「なるほど……ほら、ちゃんと説明してくれれば、あたしにだって理解できるのよ!」
「理解して当たり前のこと理解して威張るなよ。どれだけお前程度でも解るように簡単に分かり易く説明してやってると思ってるんだ?……面倒臭いのに……」
「面倒臭いってもうあなたの口癖よね……」
「俺はね、自分のしたいこと……つまり、タナトスのため以外には指一本だって動かしたくないんだよ」
「ホント最悪よ、あなたって……まあ、いまさらだけど……」
そう言えば、ルーファスとはタナトスを通してかなりつき合いが長いつもりでいたが、こうして二人きりで長時間一緒にいるのは初めてかもしれない。
十年前突然現れて、タナトスにつきまとっている得体の知れない男。
自分はこの男のことが……。
「……大嫌いよ」
「あん? 何か言ったか?」
「別に……」
この男を嫌う理由はいくつもあるが、全ての理由の根元は一つだ。
姉様……タナトス・デッド・ハイオールド。
この男が、姉様の傍に居るから、この男が……姉様を……変えたからだ。
姉様の一番傍に居るのは、姉様を良い方に変えるは……『あたし』でなければいけない。
だって、あたしがこの世で一番姉様のことを……。
「ちっ!」
ルーファスの舌打ちと同時にそれは起こった。
ルーファス達の眼前の空間が弾ける。
そして、青き光輝が空間中を埋め尽くすかのように溢れ出した。
「まったく、ようやくあんたの存在を捕らえたと思ったら、僕の居ない時代に逃げようなんてあんまりじゃないか……ルーファス!」
青き光輝の奔流が落ち着く。
「お前に用なんてないんだよ、クソガキ」
そこには一人の少年が立っていた。
美しく光り輝く黄金の髪、青と金、色違いの瞳をした美少年。
クロスは一目で少年の正体が解った、解ってしまった。
面識など勿論一切ない、それでもかなりの自信を持って少年の正体が言える。
「……オッドアイ?」
それは少年の瞳の呼び名であり、同時に少年の個人名。
聖魔王オッドアイ、魔界を支配する四人の魔王の一人だ。
「気安く僕の名を呼ぶな人間。それだけで貴様など万死の罪だ」
白いマントを優雅に翻しながら少年はこちらに歩み寄ってくる。
良く見れば、オッドアイの衣装はルーファスの衣装にかなり似ていた。
白に金色で豪奢な刺繍のされた王衣、黄金と宝石でできた装飾品。
ルーファスの衣装と比べると、オッドアイの王衣(衣装)はゴージャス(きらびやかで、ぜいたくなさま。豪華。豪奢)度がより高く、白より金の割合が多かった。
「相変わらず悪趣味だな、お前のファッションは」
ルーファスが小馬鹿にしたように言う。
「そう? なんかあなた達似てない?」
ファッションセンスも、容姿もやけに似通っているようにクロスには思えた。
「馬鹿言え、俺はあそこまで金ぴか好きじゃない」
「金ぴかって……」
「装飾品を付けすぎだ、それに金の刺繍もいまいち……もっと俺みたいに白を基本にして僅かな装飾でより白の気高さ美しさを引き立てるべきだ」
どうやら、ルーファスはルーファスでファッションに拘りがあるようだが、クロスには二人のファッションの違いが解らない。
「華美……いや、『過美』なんだよ、お前は。低俗な偽りの輝きに走る、美意識も相変わらずガキだな」
「相も変わらず口の悪い……そういうところはまるで変わっていないな、あんたは……」
オッドアイの顔が憎々しげに歪んだ。
「安心したか? 俺が変わって無くて」
ルーファスは意地の悪い笑みで返す。
「ほざけ!」
オッドアイが右手を突き出すと同時に、再び青い光輝がルーファスとクロスを呑み込んだ。
「口で負けて手を出す、まさにガキの典型だな」
青い光輝が消える。
無傷の二人が姿を現す……クロスはルーファスに抱きしめられていた。
「ちっ、ちょっとっ! 何するのよ!?」
抱きしめられていることに動揺しているのか、クロスの声は上擦っている。
「いや、別に今ので消し飛びたかったなら……助けたこと詫びてやるが?」
「えっ?」
「自力で防げなかっただろう? まあ、デコピン程度の威力だったが、お前ぐらいなら細胞一つ残らず消し飛んでいたぞ」
「え? えっと……ありがとう?」
「まあ、それがこの場合適切なセリフだな」
ルーファスはクロスを解放すると、クロスを庇うように前に出た。
「ほう……あんたが他人を庇うなんて生まれて初めて見たよ。そんなに大切なのか、そのちっぽけな人間が?」
オッドアイは驚きと軽蔑の混ざったような表情を浮かべている。
「いやいや、別にこいつは大切じゃないんだけどね。ちょっと間接的に大切にしないきゃならない訳があるというか……まあ、大切な探知機ってやつかな?」
「何を訳の分からぬことを……」
「…………」
クロスは、ルーファスのセリフに突っ込みたいことがあったが、とりあえず黙っていることにした。
「ふん、それにしてもなんだ、その惨めな姿は? 今のあんたの力の総量は僕の千分の一も無い……落ちぶれたものだな」
「お前相手にはこれで充分なんだよ、クソガキ。そんなに俺に構って欲しいのか? 俺が恋しいのか?」
「ふざけるなっ!」
「……と、とりあえず、邪魔だ、クロス」
ルーファスは一瞬でクロスの隣に移動すると、彼女を横に押し出す。
「えっ? ちょっとおおおおおぉぉぉっ!?」
クロスの姿が果てのない空間に吸い込まれるように遠ざかり、消えていった。
「とりあず、適当な時代に堕ちてろ。後で拾ってやる」
ルーファスの声はすでに姿の消えているクロスには当然届かない。
「やはり……大切ではないのか?……なんという扱いをする……」
少しだけクロスを哀れむかのようにオッドアイが言った。
「そうか、破格の扱いだと思うぞ? あいつは邪魔臭いと俺に常に思われておきながら、消されずに済んでいる……それって凄いと思わないか?」
「ほう、確かにそれは凄いな……あんたが気に入らないモノを一秒だろうがこの世に残しておくなんて考えられないことだ」
「だろう?」
「ふん……では、行くぞ」
「はいはい、いつでもどこからでもどうぞ」
オッドアイの姿がルーファスの視界から消える。
「青魔天威覇(せいまてんこうは)!」
天から飛来した莫大な青い光輝がルーファスをまるごと呑み込んだ。
「やったか? 呆気な……」
「まあ、ここで使えるギリギリの威力はそんなものだよな」
上空に浮かんでいたオッドアイの背後にルーファスが出現する。
「残念だったな、せっかくの俺との力の差が発揮できなくて。あれ以上の力を出したら、この時空間自体が消し飛んで、俺もお前も面倒なことになるもんな」
「くっ!」
「遅せぇよ! 光輝天舞!」
オッドアイが振り返るよりも速く、ルーファスの左掌から黄金の光輝が撃ちだされ、オッドアイを呑み込んだ。













第46話へ        目次へ戻る          第48話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜